学生賞|李逸琰

学生賞/Excellent Student Award
受賞者 李 逸琰
受賞作品 楕円蒔絵箱「人魚の嘆き」

作品情報

楕円蒔絵箱「人魚の嘆き」

素材:桧、麻布、漆、金、和光銀、プラチナ

「寂」と「空」は、谷崎潤一郎にとって重要な要素です。谷崎の墓碑には「寂 潤一郎書」と刻まれており、右側には「空 潤一郎書」と刻まれた墓があり、これは谷崎の夫人の妹、重子夫妻のものです。私は『人魚の嘆き』の中で、「寂」と「空」の美意識を漆器で再表現したいと考えています。

『人魚の嘆き』は清代の南京での物語で、谷崎が想像したものです。多年後、
中国から来日した私は、この日本の文学の巨匠が書いた中国の物語を漆工芸で再表現しました。

制作の過程で、谷崎との時空を超えた対話を感じました。私は日中の共通の美意識を通じて、深い愛情を再現しました。箱の外側の装飾は物語の最初の瞬間を再現し、「愛新覚羅氏の王朝が、六月の牡丹のように栄え輝いていた時分」を再表現しています。箱の中身は「空」の結末を示し、人魚が静かな水面に消える瞬間を再表現しています。

実際、多くの読者は「愛新覚羅氏の王朝が、六月の牡丹のように栄え輝いていた時分」を華麗な描写と思っているかもしれません。しかし、六月は牡丹の花のピークではなく、実際には五月が牡丹が最も咲いている時期です。六月に咲く牡丹は、最後の咲き残りの瞬間を見せています。一番美しい時期はすでに過ぎ去ってしまったのかもしれません。最高の愛は、必ずしも永遠に続くものではなく、むしろ、お互いの過去を思い出すことができ、良い思い出が満ちており、後悔や失望、不満がなく、互いに害を与えない可能性があるのかもしれません。この世に散ることのない花も人も存在しません。おそらくこれが最良の結果かもしれません。
 
この作品は、華麗な牡丹の姿ではなく、最後の瞬間に輝いている牡丹を蒔絵で表現しました。文学研究者と工芸作家の異なる解釈を探求しました。中身の流水文は黒い闇の蒔絵であり、外側の牡丹は崩れた表情を持っています。小説の背後にある風景を蒔絵で再表現する可能性を検討しました。
日本の漆箱の名作には、文学的要素が多く含まれており、私はそれに非常に魅了されています。しかし、現代ではこの伝統が減少しています。この状況に対処し、私の作品も伝統を受け継ぐことを考えています。谷崎の作品から言葉やイメージを漆器で再表現し、日本語表現と漆器の架け橋となり、新しい評価の可能性を模索したいと思っています。

 

審査委員の講評

田中 里沙(事業構想大学院大学学長)

多彩な才能によって生み出された渾身の作品。日本和文化グランプリの入賞作品が展示された会場に入ると、顔がほころぶ。放たれる個性に圧倒されて嬉しくなると同時に、服飾、テキスタイルから金属、陶磁、木工、ガラス、建築に至るという、実に幅広い分野から選考する責任が伴うからだ。構想から作品の完成までの期間に、どのようなアイデア、チャレンジ、工夫、試行錯誤、葛藤などがあったのだろうか。込められたメッセージを想像しながら、高い専門性を有する審査委員の先生方から技法や技術の高度さや難しさを聞き、さらなる価値を体感することになる。 各作品は、それぞれに一度見たら忘れない輝きに溢れていたが、ひときわ気になるスペースがあり、それが学生応募の作品群だった。中でも、楕円形の蒔絵箱「人魚の嘆き」は、美しい漆の箱に施された物語が深く美しく、迫ってくるよう。作家は、物語から着想を得て、文学研究者の解釈をさらに展開させ、独自の世界観を試みている。文学の世界を漆の舞台で表現していく過程を想像すると、その旅路はこの先にも繋がっているのだと思われる。力強くて精妙な画風には多くのメッセージが込められていて、表層的には理解が付かない。 関心を持つ対象と向き合い、技法の研究に取り組み、新たな解釈に自身の創造力を掛け合わせ、価値創出を果たした作品は印象深いものだった。

作家プロフィール

李 逸琰

2013年 中国中央美術学院 ホームプロダクトデザイン専攻 卒業
2015年 東京藝術大学大学院美術研究科 文化財保存専攻 保存油画研究室交換留学
2017年 台湾国立台南藝術大学 博物館学及び古物維護研究所 退学
2019年 富山大学芸術文化研究科 芸術文化学専攻 修士課程修了
2023年 金沢美術工芸大学 美術工芸専攻 博士後期課程 単位取得満期退学
2023年 金沢美術工芸大学 美術工芸専攻 科目等履修生

所属学会:日本文学協会(会員) 令和日中芸術交流協会(理事)

◆入選・受賞歴

2020年 国際漆展・石川2020(入選)
2021年 寧波国際写生作品展(入選)
2023年 第40回日本伝統漆芸展(入選)
2023年  KANABI クリエイティブ賞2022
2023年 国際漆展・石川2023(入選)

◆個展
2021年 李逸琰 個展 「闇に隠れた豪華絢爛とエロティシズム」、石川県白山市ガレリア画廊
2021年 「闇の光」ー李逸琰 作品展、芦屋市谷崎潤一郎記念館
2022年 李逸琰展「残月祭」、ギャラリー上田、銀座

◆翻訳
2018年 《浅析日本漆文化》、原著:「日本の漆文化」、山村慎哉、翻訳:李逸琰、校正:周剣石、《中国生漆》2018年03期、 ISSN:1000-7067
2021年 《日本漆文化史》、原著:『漆の文化史』、四柳 嘉章著、岩波新書。共訳(楊立山、李逸琰)、江蘇鳳凰美術出版社(中国)、INBS978-7-5580-8648-9

受賞者ホームページ
Instagram
https://www.instagram.com/liyiyan_urushi

受賞コメント
この度、日本和文化グランプリの学生賞を受賞し、大変光栄に思います。古来より、日本の漆箱に描かれる図案とその意味についての文学的なアプローチに魅了されています。しかし、現代社会ではこの伝統が衰退しています。私はこの状況に対処し、自身の制作活動を通じて古典的な伝統を新たな形で継承しようと考えています。私が選んだ題材は、源氏物語や伊勢物語のような古典的なテーマではなく、谷崎潤一郎の文学作品から着想を得ています。これにより、古い系譜を持った新しい図案を創造し、近代文学と漆芸を結びつけるため頑張ります。