賞 | 優秀賞/Excellent Award |
受賞者 | 大坪直哉 |
受賞作品 | 茶器「霜月」 |
作品情報
茶器「霜月」
サイズ…W71 D71 H100(mm)
素材…ミズメザクラ 漆 白蝶貝 黒蝶貝 金粉 ファイアオパール
冷たく澄んだ空気の中の月ほど美しく見えるような気がしています。
曇りの多い北陸ですと、たまに雲間から覗く明るい月が本当に嬉しく、心に映えます。
そんな月を眺めていると、潔白であらねば…という気持ちが起こってくるのですが実際の生活は中々そうはいきません。
誰も見ていないのをいいことに悪いことをしたり、周りの人達を傷つけてしまったり。
そういう自分も自分自身なのだと開き直っている所もあるのですが、せめて心の中だけでも清らかな花を咲かせておこうと思っています。
ミズメザクラの木地を菊の形に彫り、伝統的な本堅地技法で漆を塗りました。
黒蝶貝の丸で月を表し、そこに白蝶貝の白い花を咲かせています。花の中心には丸く削り出したファイアオパールを入れました。
貝の加工から手掛けているので輝きの良い部分を取ったり色や模様を選ぶことができます。小さいパーツですが思いを込められたと思います。
審査委員の講評
襟川文恵 (公益財団法人横浜市芸術文化振興財団 横浜美術館渉外担当リーダー)
侘び茶の創始者と言われる村田珠光は、後に「心の文」と呼ばれるようになった弟子への手紙に、「比道の一大事は、和漢のさかいをまぎらかすこと」としたためた。現代の言葉にすると「和モノと洋モノを区別し過ぎないことが、茶の湯には大事なのだ」という意になるだろうか。洗練された美意識と柔軟な心で、異なる文化を融和させて一座を建立する。「言うは易し、行うは難し」であるが、相反する趣を大らかに受け入れながらユニークな創造を実現する試みが、日本文化の古今を貫く大きなテーマであることは実に興味深い。
茶器「霜月」には、まさに珠光が説いた日本文化の精神性が宿っているように感じる。艶やかな漆黒の内から寒夜の月あかりが溢れてきたような佇まいは、闇と光の調和。菊花を模した日本の伝統的な様式と、ジュエリーのように繊細な白蝶貝とファイヤーオパールのツマミは、和と洋の出会い。茶器として成立しながら、ボンボニエールのような表情もある。幾つもの対極が小さな茶器の中で複雑に融和している様は、まさしく「さかいをまぎらかす」の実践であり、それゆえ膨らみのある美しさを見せてくれている。
この茶器を用いて、誰かが茶を点てる姿を想像してみよう。白魚のような女性の手が扱えば、深い黒と端正な形が印象に残るだろう。岩のように無骨な男性の手が扱えば、菊花の可愛らしさと華奢な造形が際立つだろう。和室にあれば抹茶を期待させるが、洋室にあれば砂糖菓子を期待させるかもしれない。珠光の時代から続いてきた日本らしさの追求によって、世界中の人や文化と自在に繋がれる可能性を得た茶器「霜月」は、和文化グランプリが目指すべき方向性のひとつを明確に示している。
プロフィール
大坪直哉
1985年 青森県生まれ
加賀蒔絵を見て漆芸を知る。
2004年 金沢学院大学美術文化学部美術工芸学科に入学し、
前史雄氏・市島桜魚氏より塗り、蒔絵、沈金の技法を学ぶ。
大学卒業後、輪島漆芸技術研修所に入所、人間国宝作家陣より
様々な木地づくりや塗りの技術を教わる。
その後、金沢市の漆の老舗・能作に就職。販売営業の仕事を経験し、2016年金沢漆器作家として独立。
2023年〜 石川県立輪島漆芸技術研修所 助講師
◆受賞者ホームページ
https://www.urushitsubo.net/
instagram
https://www.instagram.com/naoya_nkn/
◆受賞コメント
この度は日本和文化グランプリにて優秀賞を賜り、大変光栄に存じます。
先人の知恵を体得するべく、素材と向き合い技法を探求しながら試行錯誤を繰り返してきた日々が、このような形で評価していただけたことに深く感謝しております。
今後も自分の感覚や託された技術を大切にしながら、さらなる技術の向上と新たな表現の追求に努めてまいります。
引き続きご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます。