2025きものの森賞|株式会社 秦流舎 代表取締役 野中順子

きものの森賞/KIMONONOMORI Award  
受賞者 株式会社 秦流舎 代表取締役 野中順子
衣部門/染織 陰翳(いんえい)

作品情報

陰翳(いんえい)

サイズ…W38.5㎝ H1300㎝
素材…絹100%

伝統的な西陣御召の技と、インドネシアの野蚕糸のひとつアタカス蚕を使用し、日本とインドネシアの技術と文化を融合させた織物です。
先練先染した極細の絹糸を経糸に使用し、緻密な織紋様を巧みな組織変化で織り上げる西陣御召の技を駆使し、アタカス蚕の特殊な絹糸を緯糸に織り込んでいます。野蚕糸であるアタカス蚕は家蚕糸に比べ、糸の太細が極端なため、糸にかかる張力や打ち込みのテンションが定まらず、織ることが大変難しい織物となります。
織紋様は、ユネスコ世界無形文化遺産に登録されているインドネシアの影絵芝居(ワヤン・クリ)から着想を得ました。それらの人形は精巧で精緻な透かし彫りが施され、影絵にもかかわらず鮮やかな色彩なのです。そうすることで影は真っ黒ではなく、ほんのりとした色彩を透けて感じさせます。そのような精緻な紋様と奥行きのある影を紗(綟り組織)で表現しました。
多島国家のインドネシアに生息する蛾の多くは、インドネシアの人々にとって農林業の害虫として捉えられていましたが、現在インドネシアでは、日本の蚕糸技術・知識を取り入れ、野生の蛾から優良なシルクを生み出しています。
美しいジャワの森の復活に向け植樹活動を続けながら、自然環境との共生による持続的な社会構築に向けての活動を進めているのです。
このようなインドネシアの野蚕糸を使用することで、西陣御召の技術の発展と進化を促し、インドネシアの自然保護に貢献することが出来ます。そして、私たちの制作する織物が日本と世界の文化や技術、そして問題や現状を知るきっかけとなることを願います。

GP5きものの森賞受賞作品

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審査委員の講評

富川匡子(株式会社emu(エミュ) 代表取締役社長)

西陣御召の技を用いて、外国産の野蚕糸を巧みに織り上げた反物。用いた野蚕は、インドネシアで採集される「アタカス蚕」。野蚕のなかでもひときわ大きく、ヨーロッパ諸語で「巨大」を意味する“アタカス”から、その名がつけられた。繊維の太細が激しく、一般的な野蚕糸より柔らかいため、織る際の打ち込みは至難とされる。
本作は、生糸の状態で不純物であるセリシンなどを取り除く先(さき)練(ねり)、織る前に糸を染める先(さき)染(ぞめ)を施した絹糸を経糸に、緯糸にアタカス蚕糸を用いる。さらに捩り織で紋様を表す紋紗織が施されている。浮かび上がるアラベスク風の紋様は、インドネシアの影絵芝居「ワヤン・クリ」から着想されもの。水牛などの皮を細かく透かし彫りしたワヤン・クリの人形は、スクリーンに光と影になって写る。その繊細な“陰翳”を透ける紋紗で表したという。
インドネシアでは、蛾は害虫とされていたが、近年、日本の蚕糸技術が導入され、野蚕開発事業が展開されている。蛾の抜け殻(繭)が優れた絹糸となることが知られ、環境保全のみならず、低所得者農業従事者の支援にもつながっているという。
そんな野蚕糸「アタカス蚕糸」を用い、日本とインドネシアの橋渡しとなった西陣御召「陰翳」。着物やコートとして楽しむだけでなく、そのストーリーも大切にしたい。

プロフィール

株式会社 秦流舎 代表取締役 野中順子

野中順子初代・野中正三氏が西陣御召の白生地メーカー「野中正機業店」を創業。
白生地メーカーで得た知識・技術・経験を活かし1995年着物を通して次世代に和の伝統・文化を伝えることを基本理念とした西陣御召メーカー「株式会社秦流舎」を設立。
世界有数の織物産地・京都西陣で、伝統文化を守りつつ時代の価値観をよみ、新たな発信をする着物の織元でありたいという想いから数々の展示会やファッションショーを企画し催している。
2000年/「華麗なる御召の革命」展 @東京・銀座清月堂ギャラリー
2010年/「esprit nouveau」展 @京都・さら
2013年/ きものサローネ・ファッションショー「apres-midi」 @東京・COREDO室町
2014年/ きものサローネ・ファッションショー「北欧」 @東京・COREDO室町
秦流舎20周年記念展「点と線」 @京都・建仁寺
2017年/「時を織る・綾なす時」展 ―想いと時が交差する― @東京・銀座レトロギャラリMUSEE
2018年/ きものサローネ・ファッションショー「√2」 @東京・COREDO室町
「弓月」&「結の会」ファッションショー @京都・ゼスト御池
(結の会・日本髪の技を次世代に伝えていくことを旨とした美容師の会)
2020年/ 秦流舎25周年記念展「四鏡」 @京都・上七軒
2025年/ 秦流舎30周年記念展「創成」―時・刻・とき― @京都・秦流舎ギャラリー

受賞者ホームページ

受賞コメント
この度は、日本和文化グランプリにおいて栄えある賞をいただき、心より感謝申し上げます。
40年前、絶滅に近かった『西陣御召』を、よりお洒落に、より着やすく、より多様な価値観をもつ『西陣御召』へと昇華させ、皆様にその魅力を知っていただきたく試行錯誤してまいりました。
日本の透ける織物の技術は世界に誇れるもので、「絽・羅・紗」と様々な組織で独自の発展を遂げてきました。しかしながら現在、紗が織れる技術のある織元はごくわずかです。和文化グランプリを通して日本の織物技術の素晴らしさを、より多くの方々に知っていただければと思います。
今後も和の伝統文化を大切にしながら、視野を広げたものづくりに励んでまいります。