| 賞 | 特別賞/Special Award |
| 受賞者 | 染織家 金井英恵 |
| 衣部門/染織 | 竹取 |
作品情報
竹取
サイズ…
【平置きの場合】 W 1360mm D 5mm H 1500mm+1800mm
【展示の場合】 W 1360mm~1800mm D 5mm~1800mm H 5mm~1800mm
【畳んだ場合】 W 900mm D 370mm H 50mm
素材…生絹、竹、銀箔、和紙
一昨年、自宅前の竹林が宅地開発によって伐採されてしまい、枝葉をいただいて染めたところ、翳りを帯びた青みの黄色に染まりました。それは、冴え冴えとした月の光のような色。竹と月とに親和性を見出して『竹取物語』を編んだ昔の人は、きっとこの色を知っていたに違いない——そう思ったことから、本作の構想が始まりました。
物語を読み返すうち、心を惹かれたのは「光と影」の描写です。かつて「かげ」は光をも意味し、「月影」とは月の光のことでした。竹で染めた絹糸の色もまた、光と影とが同居するような色です。
物語のかぐや姫は、現れては消える存在として、光が明滅する(かがやく)さまを体現しています。それはちょうど月の人と地上の人のあわいにあって、光と影を一体に宿す存在なのです。
月の世界の人々は美しく、不老不死であり、感情を持ちません。それは人間と同じような身体を持たぬ存在だからでしょう。私たちは有限の身体を持つからこそ、苦しみ、愛し、祈るのだと思います。物語の半分以上を占める、五人の色好みの貴公子たちの哀れでユーモラスな冒険譚は、この光と影の物語に、実に豊かな色彩を添えています。
いま、科学の進歩によって私たちの暮らしは、まるで月の世界のように明るく無機質なものになりました。けれど、その光が落とす影もあります。光と影をともに見つめることは、そのあわいに明滅する無数の情緒の色を再発見し、身体性や全体性を取り戻すことにつながるのではないでしょうか。
竹の染液の濃淡や媒染によって多様な色調をひきだし、展示でも光と影を同時に呼び起こす表現を試みました。
裾の経糸を長く残すことで、かぐや姫の宙に浮くような存在感と、地上への名残をあらわしました。また、身体の有限性ゆえに永遠や清浄という完全性へ憧れる人間の業も重ねています。
きものという型に、品格となつかしさ、そして時代を超えて生まれる新たな可能性を託しました。
審査委員の講評
堀越英嗣(芝浦工業大学名誉教授 東京藝術大学客員教授 建築家・堀越英嗣ARCHITECT 5 代表)
この作品は空中に立体的に浮かぶ不思議な飛翔感がある。それは狭い意味での実用性や現代アートのジャンルを超えた、どこにも属さない存在として見るものに何かを語りかけている。それは作者が竹取物語にインスパイヤーされた竹林と月の光と影という、現代の我々が忘れかけている、自然が直接人間の身体に何かを感じさせるという原初の感覚を思い出すための作品とも言える。竹の染料のもつ色彩と生絹が生み出す光と影の繊細で多彩な変化の追求により、浮遊感と刻々と変化する質感がもたらすオブジェは均質な現代の空間にいる我々を遠い神話の世界へ連れていく不思議な魅力がある作品である。
着物の形を纏っていることで、かぐや姫という遠い想像の世界と今いる世界が交錯する感覚は、日常の世界から脳を解き放してくれる。
現代人が忘れかけている、日本の田舎の暗い夜の遠くに僅かに見える灯りや、月の光が照らし出す山並や林や民家、畦道の柔らかな光の反射、囲炉裏の火の揺らぎなど、現代の人工的で均質な照明では気づかない揺らぎの豊かさなどの大切な感覚を、目の前で浮遊する繊細な絹の作品が一瞬の光景として脳裏に蘇らせてくれる。
この作品は現代の鑑賞者が日常から解き放たれて考えを巡らすための環境彫刻であることから、このような繊細な感覚が生きるような環境の空間に置かれるべきであると思う。
空間と演出と一体的にあるべき総合的空間作品という意味で和文化の持つ一つの特徴でもあることを気づかせてくれる作品であり、特別賞として相応しい作品である。
プロフィール
染織家 金井英恵

1980年広島県生まれ。
紬織重要無形文化財保持者・志村ふくみの作品との出会いを契機に、2019年より草木染めによる染めと織りを志す。
京都在住。
【個展】
2023年5月 「いろ巴(は)」織成舘(京都)
2024年7月 「蚕中天(こちゅうてん)」gallery G(広島)
2024年10月 「今は昔、昔は今」area ku-ga NAYA GALLERY(広島)
2025年10月 「モノと言葉のあいだ」BOOK GALLERY KOBUNKAN(広島)
◆受賞者ホームページ
HP:https://hanaekanai.com
Instagram:@hanaekanai
◆受賞コメント
このたび《竹取》に特別賞を賜り、心より感謝申し上げます。
言葉や形になる前の思い——竹林を見送るときの痛みも、祈りも、再生への光も、すべて織り込まれていたのだと今になって気づきました。
阿戸町(広島)の展示にご協力くださった皆さまへの感謝とともに、竹やお蚕さんたちも喜んでくれているといいなと思います。
この受賞を励みに、これからも自然の声に耳をすませながら、織り続けてまいります。





